著者:GATER KAZUKI
みなさん、こんにちは。GATER KAZUKIです。
「スカイラインの父」と呼ばれる人がいます。櫻井眞一郎さん。
ハコスカから、ケンメリ、ジャパン、ニューマン、そしてR31まで。3代目から7代目まで、スカイラインの総指揮を執り続けた人です。文字通り「ミスタースカイライン」。
では、質問です。
この人は、R32 GT-Rの開発に、関わっていたでしょうか。
答えは——ほとんど関わっていません。今日はその「断絶」の話をします。
櫻井さんは、R32の直前で退いていた
7代目、R31スカイラインの開発終盤。櫻井さんは病に伏します。
そのとき、代役を頼んだ相手が、前回書いた伊藤修令さんでした。櫻井さんは回復した後も、そのポジションに戻ることはなく、後進に全権を委ねます。そしてオーテックジャパンの初代社長へ。
つまり、R32 GT-Rは、スカイラインの父が育てた車ではないんです。父が土台を作り、弟子が完成させた。世代交代のちょうど境目に、あのGT-Rは立っています。
16年ぶりに復活したGT-Rを、生みの親の系譜を継ぐ人間ではなく、次の世代が世に出した。この事実を知ると、R32の見え方が少し変わってきます。
でも、R32には櫻井さんの思想が「宿っている」
面白いのはここからです。
櫻井さんには、有名な「馬」の比喩があります。走りの良さと人馬一体を追い求めた彼は、馬の動きをじっと観察していました。
「馬は後ろ足で地面を蹴る」——だから後輪駆動が優れている、と主張した。さらに「馬は前足でも地面を蹴り、後ろ足でも舵を切る」——だから四輪駆動と四輪操舵が必要だ、と説いていた。
思い出してください。R32 GT-Rを象徴する2つの技術は何でしたか。
ATTESA E-TS(四輪駆動)と、Super HICAS(四輪操舵)です。
櫻井さんが馬を見ながら語っていた理想が、直接は関わっていないはずのR32で、技術として結晶している。開発の指揮こそ執らなかったけれど、思想は確かに受け継がれていた。私はここに、スカイラインという車の「血の濃さ」を感じます。
世代間の断絶は、断絶ではなかった
16年ぶりの復活。父から弟子への交代。表面だけ見れば、そこには断絶があります。
でも、車の中身を見ると、断絶していない。櫻井さんが積み上げた思想の上に、伊藤さんたちがR32を建てた。人は代わっても、スカイラインという背骨は繋がっていた。
櫻井さんは2011年、81歳で亡くなりました。日本自動車殿堂にも名を刻んでいます。
最後に
R32 GT-Rを「新しい世代の車」だと思っている人は多い。実際、開発陣は世代交代していました。
でも、その中身には、スカイラインの父が半世紀近くかけて磨いた思想が流れています。四駆も、四輪操舵も、馬を見つめ続けた一人の男の理想から来ている。
R32を運転するとき、その背後に櫻井眞一郎という名前があることを、少しだけ思い出してもらえたら嬉しいです。
以上、GATER KAZUKIでした。
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