著者:GATER KAZUKI
みなさん、こんにちは。GATER KAZUKIです。
「R32GT-RはグループAで29戦29勝、無敗伝説」
この数字、あちこちで語られています。SNSでも雑誌でも、枕詞のように使われる。私も何度も見聞きしてきました。
ただ、こういう"伝説"というのは、語られるうちに数字だけが独り歩きしがちです。今日は、この29戦29勝という記録を、きちんと裏を取って検証してみます。
結論から言います。JTCグループAでの29戦29勝は、事実です。誇張ではありません。ただし、同時期にR32GT-Rが戦っていた、もう一つの舞台には"黒星"が存在します。
検証①:JTCグループAの29戦29勝は、正真正銘の記録
まず本丸から。
R32GT-Rは1990年、全日本ツーリングカー選手権(JTC)第1戦・西日本サーキットでデビューしました。カルソニックスカイライン(星野一義/鈴木利男組)がポール・トゥ・ウィンを飾り、予選ではコースレコードを2秒近く短縮する圧勝劇でした。
そこから1991年、1992年と参戦台数を増やし、最終年の1993年には7台のGT-Rが参戦。グループAは事実上、GT-Rのワンメイク状態になります。結果、1990年のデビューからJTCが終了する1993年まで、全29戦を無敗で終えました。
この29戦29勝という数字は、日産の公式資料、Wikipedia、複数の専門メディアで一致しており、誇張のない事実です。ちなみに1993年最終戦「インターTEC」で29勝目を挙げたトランピオGT-Rのドライバーは、後にル・マン24時間で9勝を記録するトム・クリステンセンでした。伝説は、伝説を呼ぶドライバーによって締めくくられたわけです。
検証②:同時期のN1耐久には、実は1敗ある
ここからが、あまり語られない部分です。
JTCと並行して、R32GT-Rは「N1耐久シリーズ」(現在のスーパー耐久の前身)にも参戦していました。こちらは市販車に近い状態で戦う、グループAよりもさらに改造範囲の狭いレースです。
このN1耐久での成績は29戦28勝。29戦29勝ではありません。唯一の黒星をつけたのは、三菱のギャランVR-4でした。
つまり「R32GT-Rはレースで無敗だった」という語られ方は、正確には正しくありません。正しくは「JTCグループAでは無敗、N1耐久では1敗」です。この違いを知っている人は、思ったより少ないと思います。
これは決してR32の評価を下げる話ではありません。むしろ、ほぼ市販車状態のレースで29戦中28勝という数字自体が、市販車としての完成度の高さを証明しています。「改造できないレースでもここまで勝てる」という事実の方が、実は伝説としての価値が高いとすら思います。
検証③:海外でも「無敵」は本物だった
国内だけの話ではありません。
1991年のスパ・フランコルシャン24時間レース(ベルギー)では、R32GT-Rが2位以下に21周もの大差をつけて総合優勝。同年、オーストラリアのバサースト1000でも勝利を収め、現地のファンに衝撃を与えました。
この圧倒的すぎる強さに対して、オーストラリアの自動車誌『Wheels』が「Godzilla: the monster from Japan」と評したことが、あの「ゴジラ」という愛称の由来です。国内の29戦29勝だけでなく、海外の舞台でも記録は本物だったということです。
さらに市販車としても、ポルシェ911ターボのホームグラウンドであるニュルブルクリンク北コースで、当時の量産車最速タイムとなる8分22秒を記録し、911ターボのレコードを破っています。レースだけでなく、公道ベースの実力でも本物だったわけです。
最後に
「29戦29勝」という数字は、確かに事実です。誇張でも都市伝説でもありません。ただ、その裏にはN1耐久での1敗という、あまり知られていない記録もある。
伝説というのは、語られるうちに角が取れて、綺麗な数字だけが残っていくものです。でも本当に面白いのは、その完璧な数字の隣にある、地味な"1敗"の方だったりします。改造できないレースで29戦28勝——これこそが、R32GT-Rという市販車がどれだけ本気で作られていたかの、何よりの証拠だと思います。
以上、GATER KAZUKIでした。
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