著者:GATER KAZUKI
みなさん、こんにちは。GATER KAZUKIです。
今回は少し毛色の違う話をします。ポール・ウォーカーとR32の話です。
最初に言っておくと、私はファスト&フュリアスというシリーズがそこまで好きではないです。車の使い方が雑すぎる。ただ、ポール・ウォーカー本人が筋金入りのカーガイだったことは素直に認めていますし、そこは純粋に尊敬しています。
本題です。
「ポール・ウォーカーといえばR34」というイメージが世間には定着していますが、そのR34への愛の原点がR32だったという話、海外メディアにはそれなりに記録が残っているのに、日本語でちゃんと書いてある記事がほぼ存在しません。
せっかくなので、ここでまとめてみようと思います。
R32との出会いが、すべての始まりだった
ファスト&フュリアスのテクニカルアドバイザーを務めたクレイグ・リーバーマン氏の証言によると、ポール・ウォーカーがJDM車に本格的に興味を持つようになったきっかけは、映画の車両キャスティング会場でR32 GT-Rを目にしたことだったそうです。
そのキャスティング会場にはR32とR33が持ち込まれていて、プロデューサーや監督陣はR33を気に入ったといいます。R32については台数の少なさもあって、制作サイドにはあまり刺さらなかった。
でもウォーカーはその場でR32をちゃんと見ていた。そこから彼のスカイラインへの興味が本格的に動き出したわけです。
「R34が好きだったポール・ウォーカー」という世間のイメージは、実はR32との一瞬の出会いが起点になっている。この順番は、R32というクルマの話をするうえで、きちんと記録に残しておく価値があると私は思っています。
ウォーカーは実際にR32を手元に置いていた
ポール・ウォーカーのコレクション21台がバレット・ジャクソンのスコッツデール・オークションに出品されたとき、その中に1989年型R32 GT-Rが含まれていました。
しかもサーキット走行用にチューニングされた個体です。飾っておくための車ではなく、ちゃんと走らせていた。
落札価格は$100,100(約1,500万円)。通常のR32の相場が$20,000〜$75,000程度であることを考えると、かなりの価格です。ウォーカーの所有歴とサーキット仕様であることが価格を押し上げた形ですが、それだけの値段がついたという事実が、コレクターとしての彼の評価を物語っています。
なお売上はすべてウォーカーの娘メドウのための信託に充てられています。この部分だけは、素直にいい話だと思っています。
「映画のR34」と「私物のR34」は別物という話
補足として書いておきます。
映画に登場したR34と、ウォーカーが私物として手に入れたR34は別の車両です。リーバーマン氏の証言によると、映画の撮影が終わった後にウォーカー自身がR34を2台購入しに動いたとのこと。
映画の中のキャラクターとしてR34に乗っていたのではなく、撮影後に自分のお金で買いに行っている。そこが重要な点で、ウォーカーとスカイラインの関係は「映画の役作り」ではなく、純粋に個人としての車への愛から来ていたということです。
The Driveの追悼記事が伝えていること
The Drive誌のウォーカー追悼記事には、こんな記述があります。R32 GT-Rがツーリングカーレースで数々のライバルを打ち倒して「ゴジラ」の伝説を築いた車であることに触れたうえで、ウォーカーについて「BMW E36 M3ライトウェイトを7台所有し、チューニングされた日産車を愛し、Saleenのマスタング、ポルシェ911 GT3──とにかく車輪の付いたものなら何でも愛した本物のカーガイだった」と記しています。
私物の1989年型R32をサーキット仕様に仕上げて走らせていた人間を評する言葉として、「本物のカーガイ」以上に適切な表現はないと思います。追悼記事特有のリップサービスではなく、事実に基づいた評価です。
R32が起点だったという話を、誰かが残しておくべきだった
日本のメディアがポール・ウォーカーを取り上げるとき、R34の話しか出てきません。映画との結びつきが強いので仕方ない面はありますが、「そのR34への愛がR32との出会いから始まっていた」という事実は、日本語できちんと書き残しておく価値があると思っています。
R32がひとりのカーガイのスカイライン愛に火をつけた。その火がR34購入につながり、映画でのR34起用につながり、世界中の人間がスカイラインを知ることになった。
因果の起点はR32です。
以上、GATER KAZUKIでした。
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