GT-Rotaku.com 編集部
2023年3月、日産自動車はR32型スカイラインGT-R(BNR32)をベースとしたEVコンバージョンコンセプトモデルの製作開始を発表しました。2025年1月の東京オートサロンで一般公開されたこのプロジェクトは、商品化を目的としたものではなく、社内有志によるコンセプト実証として位置づけられています。本稿では、その技術的内容とプロジェクトが持つ意義を整理します。
プロジェクトの概要と主要スペック
プロジェクトを率いたのは、日産でパワートレインエキスパートリーダーを務める平工良三氏です。EVおよびe-POWER、e-4ORCEといった電動駆動技術の開発に長年携わってきた人物であり、自身もかつてR32スカイラインのオーナーであったことを公言しています。
主要スペックは以下の通りです。日産リーフのモーターを前後に各1基搭載した前後2モーター4WD構成で、バッテリーはリーフNISMO RC02と同じ62kWhのものをリアシート部分に搭載しています。最高出力は160kW×2、最大トルクは340Nm×2。バッテリー搭載による車両重量の増加は避けられず、オリジナルの1,430kgから1,797kgへと367kg増加しています。ただし、モーターの出力・トルクはパワーウェイトレシオがオリジナルのR32 GT-Rと同等になるようチューニングが施されています。
外観の変更は最小限に抑えられており、純正16インチホイールをオマージュした専用18インチホイール、R35 GT-R用の大型ローターおよびモノブロックキャリパーの採用、テールパイプの廃止以外に視覚的な差異はありません。また、RB26DETTのエンジンサウンドをベースとした音響再現システムがスピーカーを通じて搭載されており、パドルシフトによる擬似的な変速フィールも実装されています。
開発者の動機と「デジタルリマスター」という思想
このプロジェクトを語るうえで、平工氏の言葉は注目に値します。
「R32のアナログの良さをデジタルデータで再現できれば、30年後でもR32 GT-Rの魅力を味わうことができる。いわばクルマのデジタルリマスター版のようなものだ」
この表現は、プロジェクトの本質を的確に示しています。EVコンバージョンという手法を通じてGT-Rの魅力を次世代に継承するという発想は、電動化推進を目的としたものではなく、名車の記録と保存という文化的動機から出発しています。音楽や映像分野におけるリマスタリングのアナロジーとして捉えれば、その方向性は理解しやすいものです。
一方でこの「リマスター」という概念には、本質的な問いも内包されています。燃焼によって生まれるRB26DETTの音と振動、そして1,430kgという車重から生まれる運動特性は、数値的に再現できるものではありません。R32EVはR32の走行特性を「参照」しながら構築された別の乗り物であり、その点は明確に区別して理解する必要があります。
加藤博義氏によるフィードバックの意味
プロジェクトにおいて特筆すべきは、R32開発時のメインテストドライバーである加藤博義氏が実際にR32EVを試乗し、開発チームにフィードバックを提供したという事実です。
加藤氏はニュルブルクリンクでR32の初走行を行い、ポルシェ944の当時のラップレコードを更新した人物です。初走行後にアンダーステアの改善を求めてスタビライザーの変更を指示し、その後8分20秒台を記録するに至ったことは、R32の開発史においても重要なエピソードです。
そのR32の走りを最も深く知る人物が、EVコンバージョンモデルのフィールを評価した。このプロセスは、プロジェクトの技術的誠実さを裏付けるものとして評価できます。加藤氏からのフィードバックが具体的にどのような形でチューニングに反映されたかは公開されていませんが、開発の方向性を「R32を知る人間が確認した」という事実は、このプロジェクトに一定の信頼性を与えています。
次世代GT-R開発への示唆
このプロジェクトが持つ意義として、より長期的な視点から注目すべき点があります。
平工氏は「若いエンジニアと一緒に"楽しいクルマとは何か"を探求したい」と述べています。この発言は、R32EVプロジェクトが単なる技術実証にとどまらず、次世代のGT-R開発を担うエンジニアの育成という側面を持つことを示しています。
日産のCEOが次世代GT-Rの開発を明言している現在、「GT-Rとはどういう車であるべきか」という問いに対して開発現場が向き合うためのプロセスとして、R32EVプロジェクトを位置づけることができます。RB26DETTを実際に電動化し、そのフィールを再現しようとする試みを通じて、若いエンジニアがGT-Rの本質に触れることには、技術的にも思想的にも意味があります。
まとめ
R32EVプロジェクトは、商品化を目的としない社内有志の活動として出発しながらも、名車の技術的記録と継承、そして次世代開発に向けた人材育成という複数の意義を内包しています。EVコンバージョンという手法がオリジナルのすべてを再現できるものではないことは明らかですが、「GT-Rの魅力を後世に伝えるためにどうすべきか」という問いに、技術者が自らの手で向き合ったプロジェクトとして、その姿勢は評価に値します。
次世代GT-Rの開発が本格化する局面において、このプロジェクトが持つ意味はさらに大きくなる可能性があります。引き続き注目していきます。
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